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2012年6月

2012年6月24日 (日)

行動イメージを変えれば行動が変わる!

成果とか成功という結果は、

「行動」の積み重ねによってもたらされるものだ。

そしてその単位である「行動」というのは、

本人が行動する前にイメージする「行動イメージ」

によって左右されるのである。

つまり私たちが行動する前に描くイメージが、

私たちの実際の行動を支配しているのだ。

普段、何気なく行動イメージを描くことを、

日常生活の中で無意識に繰り返しているのである。

例えば、仕事からの帰り道で、コンビニの横を通った時に、

小腹が空いたからカレーパンでも買おうか、それとも、

家に帰れば昨日のカレーライスが残っているから

我慢するか、という行動イメージだ。

自ら思い描いた行動イメージのどちらを選択するかで、

実際の行動は変わるのである。

このとき、本人が意識するかしないかに関わらず、

2つの異なる行動イメージから、1つを選択していると

いうことである。

1つの行動イメージを選択した瞬間、

それが実際の行動になっているのである。

これからわかることは何か。

それは最初の「行動イメージ」を変えれば、

その後の「行動」が変わるということだ。

自分の行動を変えたいと常々考えていながら、

なかなか変えられない時、

まず無意識にしている事前の行動イメージを、

意識して選択していく、ということで、

自分が望む「行動の変化」を実現することができるのである。

これを積み重ねていけば、やがて望む結果、成果が

得られるはずである。

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モスラ対ゴジラ

なんと47年ぶりに「モスラ対ゴジラ」を見た。

この映画は生まれて始めて見た映画だった。

ゴジラの咆哮?が懐かしくなり、DVDを借りたというわけだ。

恥ずかしい話だが、列車などで山々の中を走っているとき、

すぐそこの緑の山の後ろから、今にも「ゴジラ」が、

いきなり顔を出してくるような強迫観念みたいなものに、

ずっととらわれて来た。

いい歳をして自分でもおかしな事だと、その度毎に感じていたのだが、

今日、「モスラ対ゴジラ」を見て、

その理由がわかった!

なんと、映画の中の1シーンに、日本に上陸したゴジラが、

山の陰からいきなり姿を現してくるという「場面」があったのだ。

まさに、ずっと頭の中に浮かんできていた空想場面と

そっくりだった。

つまり、小学生低学年の時に初めて映画館で見た、

モスラ対ゴジラの中の、山の後ろからゴジラが現れる

場面を47年間も無意識に脳が覚えていたということだ。

その記憶が、たまたま目の前に山を見た時に、その場面が

蘇ってきていた、というわけだ。

今更ながら、当時、相当強い印象を受けたのだろうなあと思った。

物心がつくまで本当にゴジラが恐かった・・・。

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モチベーションの素

人間のモチベーションを支えているのは、

モチベーションホルモンだそうだ。

正しくは、「甲状腺刺激放出ホルモン」(TRH)と呼ぶ。

私たちのモチベーションが上がっている時には、

盛んに放出されているのである。

このTRHホルモンは、まず脳の前頭連合野から放出され、

それが脳の側座核へ作用し、さらに海馬に移り、

さらに篇桃核に作用し、さらに視床下部という経路で

伝達される。

このTRHホルモンは、「楽しさ、好奇心、報酬」という要素の

度合いによって分泌量が増加する。

そしてこのTRHホルモンが快感物質であるドーパミンを

分泌させる。すると私たちは、「好奇心、楽しさ、創造意欲」などを

強く感じるのだ。

このドーパミンが直接的に知的好奇心の素になる。

これらのホルモン類はいずれも朝に最も、

血中濃度が上がるそうだ。

なぜなら、これらのホルモン類は、

睡眠をとることによって脳内で生成されるからである。

つまりは、適度な睡眠は欠かせないということだ。

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2012年6月16日 (土)

夢を持つということは

人が夢を持つということは、

その人が一生をかけて取組んでも

後悔しないようなこと、

何かの活動を

将来的に行っていくことを

目指していることだろう。

それは今を精一杯に

生きることにつながるからだ。

目指すところを一旦決めて、

そこに向かって進んでいけば、

他人と比較しても意味が無いことが

わかる。

夢が違うからだ。

したがって、夢を持って、

今を充実して生きていれば、

勝ち組も負け組も無いということになる。

逆に勝ち組とか負け組を意識しているときは、

将来どういうふうになりたいのかという

夢がないということなのだと思う。

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