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2012年5月

2012年5月13日 (日)

感じることが一番大切

分子生物学者の福岡伸一氏が、

述べているのは、私たちの身体というのは、

ひとつのエネルギーのたまり場でしかない、

ということだ。

広大な宇宙に偏在し形をかえ続けるエネルギーが

たまたま人間という自分に形を変えているということだ。

そう言えば、昔、手塚治虫のマンガで同じようなことを

読んだことがあったことを思い出した。

たしか「火の鳥」だったと思う。

すると手塚さんは無意識にそれに気づいていたと

いうことか。

元々手塚さんは医師であったことを考えると

わかるような気がする。

ということは、そこにいる犬やネコや鳥や蝶も、

宇宙エネルギーが変化した、たまり場ということか。

それは私たちや犬やネコが死んだとしても、

エネルギーは宇宙にかえり、またいつか、

別のところでたまり場になるかもしれないと

いうことかもしれない。

身体が死によって一旦消滅したとしても、

このエネルギー循環は永久に続いていくと

いうことだろう。

そう思うと、自分は肉体が自分なのではなく、

肉体の自分を超えたエネルギーの塊なのだという

ことになる。

であれば、自分は「何のために生きているのか」と

いう問いに対しても考えること自体が、

意味が無いこととなる。

ということは、たまたま人間という形になり、

五感を与えられているのだから、

この五感を使って十二分に、

今生きているという実感を感じるべきだという

ことになりはしないだろうか。

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こころのかさぶた

私たちは手や指に切り傷をつくることがよくある。

でも少しくらいの傷であれば、そのまま

放っておいても気がつくと、「かさぶた」ができている。

これは私たちの身体が自分で自分を治しているからだ。

これと同じようなことが「こころ」にも起きているのだそうだ。

それはうなずける話だと思う。

なぜなら私たちの身体というのは「生きている」のであり、

60兆個の細胞の段階から、ひとたび命を持つと、

60兆個の細胞が一つひとつ、

永久的に生きようとするからだ。

生きのびようとするから切り傷も自然に治癒してしまう。

同じように、こころの切り傷も身体が自然に治してしまうのだろう。

本来生命というのはそういう働きを持っているのだと思う。

自分が悩んでいようがどうしようが、一度命を持った身体は

悩みを消す方向に動き出し、

悩みをいつのまにか雲散霧消させて、

自分を健全な状態でいつまでも生きのびようとし続ける

ということだ。

これはひとつの救いとも考えられるのではないか。

自分は無意識にも常に救われている状態にあるのだ

ということが理解できるからだ。

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2012年5月 4日 (金)

脳の健康を保つ

<茂木健一郎 著『忘れるだけでうまくいく 脳と心の整理術』より>

音楽を聴くのもお勧めです。音が流れてきた瞬間、気分はパツと変わります。

様様なジャンルの音楽をその日の気分で替えていくことで、音楽を聴くという同じ行動の中でも、気分を変えることができます。

また、最近ではコンピュータを使って簡単に自分で音楽をつくれるようになってきていますので、それらを使って自分で音楽をつくってみるのも面白いと思います。

たとえばアップルが開発・発売しているGarageBand(ガレージバンド)という初心者向きの音楽制作ソフトでは、楽器を練習したり、作曲したり、レコーディングを行うこともできます。その他にも、音声や動画、静止画などを組み合わせたマルチメディアタイトルを制作するためのソフトも充実しています。



 今の時代は、かつてのように本を読んだり音楽を聴いたりという受動型の方法ばかりではなく、自ら音楽や動画を制作するなどの能動的な方法を使って、自分で楽しみをつくることができるようになっていますが、人と関わることでもネオフィリアを満足させることはできます。

たとえば人との会話は退屈することがありません。会話とは常に未完成で、そこから未知の要素を見出せるからです。

 もし、誰かと話していて退屈だと感じるとすれば、それは相手があなたに対して、ある一面しか見せていないからでしょう。

その一面だけで付き合っていれば退屈してしまうかもしれませんが、どんな人でも絶対に奥行きと広がりを持っているものです。

その奥行きと広がりをつかめるような会話をこちらが繰り出すことができれば、誰と話していても興味深い時間を過ごすことはできます。

 脳は退屈するとどうしても、考えなくてもいいようなネガティブなことを考えてしまう癖があります。

退屈しないように生きていくことで、脳を健康に保つこともできるのです。



<茂木健一郎 著『忘れるだけでうまくいく 脳と心の整理術』より>

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脳を退屈させない

<茂木健一郎 著『忘れるだけでうまくいく 脳と心の整理術』より>

◆新しいものを好む脳の性質を利用する◆

 人間の脳は、新しいものを好むネオフィリア(neophilia)という性質を持っています。この地球上で人間だけが進化と繁栄を得たのは、人間が新しいものを好む性質を持っていたからだといっても過言ではありません。

 これは裏を返せば、人間の脳にとっては退屈が一番の敵だということです。もっとも、退屈を感じるということは、その人が成長している証拠でもあります。

子どもの頃を思い出していただければ分かるかと思いますが、子どもはすぐに退屈します。

子どもの脳がそれだけネオフィリアの性質を強く持ち、新奇のものが脳の栄養素となっている証拠です。

 大人でも「いつも楽しいことを探し出しているから、退屈なんてしないよ」という人は、いいでしょう。脳も新しい栄養を摂って成長できているからです。しかし、特に新しいことをするでもなく毎日を惰性で生きているだけなのに、退屈を感じなくなるとしたら、それはちょっと危険信号です。

退屈を退屈と感じない、それは脳の成長が低下気味だからかもしれません。

退屈の空気の中に長い間浸っていると、人間の脳はだんだん退屈に慣れて成長が止まってしまいます。そうならないうちに、自分の退屈感を察知して、ネオフィリアを満足させる行動を新たに見つけ出すことが大切です。

 これも子どもと比べることになってしまいますが、幼稚園や小学校、中学校の頃までは、学校の先生や大人たちがいつも新しい課題を与えてくれました。

宿題や推薦という形で、新しいテーマを子どもに提供し、子どもはそれらに挑戦することで自身のネオフィリアを満足させてきたのです。

ところが大人になると、ほかの誰かが新しい課題を見つけ出して与えてくれるわけにはいかなくなります。大人は経験がある分、自分で工夫して新しい刺激をつくり出していかなくてはならないのです。

 僕の場合は、本を読むことでネオフィリアを満足させています。本は読み始めれば、一瞬で違う世界に連れて行ってくれるものです。

また本のいいところは、読む本を替えれば、また別の世界に飛んでいけることです。一冊の本はいつか終わりがくるでしょうが、この世にある本に終わりはありません。

どれだけ僕が読んでも、まだ僕自身のネオフィリアを満足させてくれる本はいくらでもあるということです。

僕は同時期に数冊の本を並行して読む癖がありますが、これも一冊の本を読むのに少し飽きたら、別の本を手に取ることができるという、退屈予防のための作戦です。

<茂木健一郎 著『忘れるだけでうまくいく 脳と心の整理術』より>


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頭の切り替えは多様であるほど強みになる

脳科学者の茂木健一郎氏の

『忘れるだけでうまくいく 脳と心の整理術』より抜粋です。

◆無理に忘れようとしなくていい

人はひどく落ち込んだ時、落ち込んでいる自分以外の姿を想像できないものです。

たとえば、受験に失敗した、就職活動がうまくいかない、恋愛が破綻した、そのような時、仮に楽しいことがやってきても、「私に楽しいことなんてあるわけがない。

こんなにも落ち込んでいるのだから」と考えてしまうのです。

もしかしたら、「こんな失敗をした自分は、楽しんではいけないんだ」と自らを戒めてしまうのかもしれません。

 しかし本当は、自分の中に「何人もの自分」がいていいはずです。

失敗してしまった自分、落ち込んでいる自分、でも友だちと遊んで楽しい自分、別のことを考えて嬉しくなる自分、というように。

自分が子どもだった頃を思い返してください。友だちと喧嘩をして怒っていても、ご飯を食べたらおいしいし、何かいたずらをして両親に叱られても、テレビを見たらそんなことはきれいさっぱり忘れてしまう、何か悩みかあっても一晩寝たらすっかり元気になっていたのが子ども時代です。

その頃の感覚を思い出して、僕たちも「何人もの自分」がひとりの人間の中に混在していることに慣れたほうがいいのです。

 落ち込んでいる時は、何をしたって今の状態は変わらないように思ってしまいがちですが、たとえ大失敗してしまったとしても、脳はその時々に合わせて切り替えることができます。

大失敗した自分と、友だちと遊んで楽しんでいる自分が、同じ人間の中に同居していても不思議ではありません。自分の中には多様な自分がいると思えれば、気が楽になるのではないでしょうか。

 失敗してしまったことを無理に忘れようとする必要はありません。ただ、頭をその場その場で切り替えていけばいいのです。

繰り返しになりますが、無理に忘れようとしても、かえってその対象に注意が向いてしまうので、むしろ別のことで気を紛らわせたはうがいいのです。

そして他のことをやっている時でも、時々は「ああ、今、失敗したことを思い出してしまったな」という瞬間が訪れるでしょうが、それに対して神経質になる必要はありません。冷静にそんな自分を見つめ、徐々に今、没入していることに注意を再び向けていけばいいのです。

頭の切り替えは、多様であればある程その人間の強みになります。

何か失敗した時や落ち込んだ時に、お酒を飲んで紛らわすことしかできない人よりは、読書、アウトドアなど没頭できる趣味や友だちと会うなど、手持ちのカードがいくつもあったほうが、よりひとつのことにとらわれなくて済みます。

いろいろ経験することで自分の中に多様なカードを用意しておくと、いざという時に柔軟に対応できる自分になれるはずです。

<茂木健一郎 著『忘れるだけでうまくいく 脳と心の整理術』より>

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2012年5月 3日 (木)

自己肯定感は感謝することで高まっていく

自分自身を肯定的に捉える考え方、

自己肯定感は大切である。

自己肯定感が低いと悲観的になりやすくなるという。

さらにそういう自分に焦る気持ちも併発するそうだ。

人間関係においては被害妄想的な感情も出てくるそうだ。

周囲の何気ない話し声や笑う表情に対して邪推してしまうという。

それは八つ当たりや逃避行動に出る。

周囲からの信頼感を失い、自らは飲酒や過食行動、さらに

購買行動に固執するようになるそうだ。

さらにこのような行動状態が数年間も続くと、なんと性格に

なってしまうという。こわいことだ。

わたしたちにとって自らの自己肯定感がいかに大切な感情で

あるかがよくわかる。

では自己肯定感が低いと思っている人はどうすればいいのか。

それは「感謝の感情」を持つことだという。

感謝する感情というのは人間にしかない感情である。

他人に対して感謝するというのではない。

この場合には、「自分自身」に対して「感謝」するのである。

例えば、自分に対して「どうもありがとう」、「ごめんなさいね」、

「許してね」と言うのである。

そうするだけで自身の潜在意識の中にある負の記憶を

浄化することができるのだそうだ。

そして次に、「周囲」に対して感謝する気持ちを持つということ。

他人に対するプラスの感情、思いやり、気づかいも、

感謝する気持ちを持つことができれば、

自然に湧いてくるものだからである。

やはり人間にとっては「感謝のこころ」というのは、

すごく大切なんだなあと再認識したところである。

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