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2011年5月25日 (水)

「写楽」展 上野

上野の国立博物館の近くまで

行くことがあったので、

ついでに今、公開中の

「写楽展」を見た。

「写楽」については、

過日NHKで浮世絵に関する番組があり、

その中で写楽はいったい誰なのか?

(現在でも特定されていない)

という投げかけに、見に行きたいなあと

考えていたところだった。

写楽の浮世絵は、4期に分かれている。

1期の浮世絵と残りの3期では、

「絵」そのものが異なっているのだと言う。

つまり、写楽は全部で「4人」存在していたのでは

ないか、という大胆な推理だ。

我々がよく目にする「浮世絵」は、

第1期の写楽の作品である。

一般に「大首絵」と言われていて、

役者のドアップである。

署名にしても、第1期の絵には、

ちゃんと「東洲斎写楽」と入っているが、

2期以降の絵には「写楽」としか入っていない。

「東洲斎」が書かれていない。

実際に絵を見ながら確かめてみた。

確かに東洲斎写楽と書かれているのは

第1期作品だけだ。

しかも第2期以降の署名「写楽」は、

明らかに「字体」が第1期の「字体」とは

異なっていた。

もうひとつの異なる点は、

役者の「耳」の描き方だという。

第1期の東洲斎写楽の絵では、

役者の「耳」は、

どれも「4本」の線で描かれていた。

しかも描き方は皆同じだ。

しかし、第2期以降の役者の「耳」は、

3本だったり、5本だったりしていた。

写楽の候補には4人いるが、

最も可能性が高い人物というのは、

プロの絵描きではないのである。

おそらく歌舞伎関係の、

今で言えば、「スタッフ」だろうと、

言うのである。

あれだけの「大首絵」を描けるのは、

役者のすぐ近くで何度も

見ていなくては描けないというのだ。

何度でも役者をすぐ目の前で見ることのできる人物、

それは「スタッフ」ではないか、

というのである。

写楽は突如、登場したと思うと、

たったの「10ヶ月」で忽然と姿を消してしまった。

これも何故なのか、わからない。

写楽の正体が、歌舞伎関連のスタッフで

あったとして、

プロの絵描きでない者が、

あれだけの見事な絵を描く、というのも

不思議だ。

写楽はいったい誰だったのか?

実際に絵を目の当たりにすると、

ますます興味津々になってきた。

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