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2011年5月31日 (火)

長く生きたのではなく、長く有ったにすぎない

ローマ時代の哲学者のセネカが、

恐い言葉を残しているのを偶然知った。

「髪が白いとかシワが寄っていると言っても、

その人が長く生きたと考える理由にはならない。

長く生きたのではなく、長く有ったにすぎない。」

セネカは、なんと2,000年前の人間だ。

セネカは言う。

「ますます良い生活ができるようにと、

ますます多忙をきわめている。

生活を築こうとしつつ、

生活を失っているのだ。」と。

私たちは誰でも生活に追われている。

というより、なぜか多忙だ。

知らぬ間に、髪に白いものが

増えていることに驚いたり、

髪が薄くなっていることを発見して

愕然となる・・・

つい、こんな感じで歳を重ねていって

いいのだろうか、

こんな生き方で歳をとってしまって

いいのだろうか、

と考えてしまう・・

世の中は生き方はたくさんある。

このあたりで今までとは異なるパラダイムで

人生を眺めてみることもありなのでは・・・

とは言っても、長い間の慣習は

簡単には変えられない。

世の中全体がそうだからだ。

でも本当は世の中の主流とは、

異なる生き方があっていいのだろう。

我々の時代は有無を言わさず、

いい成績を取って、いい学校に入り、

いい会社に入って毎日せっせと

定年まで仕事に勤しむ。

そんな生き方が是とされてきた。

しかし今や、米国に次いで、

生活水準では2番目だ。

近年、「富」の追及し過ぎが問題にもなった。

このあたりでいろいろな生き方ができるように

なってもいいのだろう。

では、自分にはできるのか。

少なくとも、可能性を探ることは

できるし、いいことだと思った。

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