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2010年3月

2010年3月30日 (火)

「遠まわりの雨」2、渡辺謙と夏川結衣

恥ずかしいことに、一昨日の日曜日に見たTVドラマ、

山田太一脚本の「遠まわりの雨」が、

未だに後を引いているのだ・・。

ここ15年余り、恋愛ものは見たことが無かったのだが、

なぜ、今回は惹かれたのか・・?

ひとつには配役にあったのではないかと思った。

これまで時代物や社会派作品等でハードボイルドなイメージのある

渡辺謙が、なんと恋愛ものに出るということ。

渡辺謙が、どういう顔でどんな演技をするのか、興味があったことだ。

ふたつめは、共演する女優が「堅実」な「大人」の雰囲気を持つ

夏川結衣であることが非常に大きかったと思う。(僕の中では・・)

他チャンネルではトムクルーズのミッションインポッシブル3を

やっていたのだが・・・、それも見たかったのだが・・・

「遠まわりの雨」を見て、丸二日間も経っているにもかかわらず、

自然に思い出してしまう・・・というのは、

それだけドラマに「惹きつける何か」があったということだろう。

また、サブタイトルも光っていたと思う。

「いまだけ、恋に落ちよう。」

普通は、「いまだけ」はタブーである。

恋は長く長~く続けていくことが誰しもが求めるところのはずだ。

それを敢えて「いまだけ」。

「大人の恋」はそうなのかもしれない。

さすがに山田太一氏である。

ドラマを見ていて、特に惹きつけられたのが夏川結衣であった。

彼女は、元恋人であった渡辺謙の話すことばを、

いつも必ず「肯定」していた。

「そうよね・・・。」

「そう言うと思った・・・」

年齢を重ねてきた「大人」の女の情感を感じた。

桜役が夏川結衣で正解だった。

今回の「遠まわりの雨」は、渡辺謙というよりも、むしろ、

夏川結衣の情感の出し方が、ドラマを深くすることに

関わっていたのだと思う。

「切ない」思いをずっと表面に出さなかった夏川結衣の方が、

私には印象に残った・・。

こんなドラマならば、また見たいと思った。

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2010年3月28日 (日)

座禅2

そもそも座禅は、なぜ座るのか?

普段、私たちは動き回っているからだそうだ。

そして「我」というのは、

何かを追いかけたり、逃げたりするときにできるもの

なのだ。あれが欲しい、あれが嫌いだと。

世間というのは、周りは「我」だらけだ。

人がいれば「我」があるからだ。

つまり世間の中にいれば「我」でしかいられない

ということである。

それで「我」じゃなくてもいいんだよ、という条件を

作るために身体の動きをすべて止めて、

ただ座ったままでいるということなのだそう。

こうして「我」から発していくおこないを止めるということ

なのだ。

この状態というのは、普通の人間でいる状態、

動ける状態に逆らっていることになる。

つまり人間であることを止める姿勢なわけである。

「我」の成立条件がなくなってくる。

すると、不思議なことに自分が生き生きと感じられてくる

のだそうだ。

自分の周りを殻で閉じ込めている「我」がなくなるからだ。

かと言って、生き生きすることを期待して座禅を組むのではなく、

ただ座るのだそう。

座禅しながら手を出して何かちょうだい、じゃないということだ。

自然にそういう境地になるには本人が工夫していくしかない

のだそうだ。

初めて座禅をしようという人の場合は、

素直でまっさらな気持ちで行なうのが良いそうである。

う~ん・・・、ただの座禅かと思いきや、

けっこう難しいもんなんだなあ・・・

でもやってみたくなってきた。

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遠まわりの雨、渡辺謙と夏川結衣

久しぶりに昨日はTVドラマを見た。

かつて恋人同士だった渡辺 謙と夏川結衣が、

ある事情で20年後に再会するというストーリーだ。

よくある物語の流れではあるのだが、

二人の演技が秀逸であった。

特に、夏川結衣の姿勢に惹かれた。

常に相手(渡辺謙)を認めるというスタンスである。

若い者同士であれば、こうはいかないだろう。

脚本家の山田太一氏は、

年齢を重ねた男女の感情を微妙に表現して

いたドラマだったと思う。

夏川結衣は20年間の時の流れを言葉と態度で

よく表していた。

サブタイトルの「いまだけ、恋に落ちよう」

というコピーがうまいと思った。

面白くなかったら、すぐにミッションインポッシブル3に

チャネルチェンジしようと考えていたのだが、

最後まで無かった。

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2010年3月25日 (木)

座禅

坐禅は何のためにやるのか、

というと、「言葉」で説明するのは困難なのだそうだ。

何のためにやるのかという「目的」を知りたいのだが、

「そもそも目的という発想では入っていけないところ」

なんだそうである。

座禅について、あちこちの本に書いてあるようなことは、

間違ってはいないが、外からなぞった事であって、

坐禅そのものではないそうである。

というのは、今度、座禅でもやってみるか、

ということで、座禅イベントに申し込んだ。

抽選で当選すれば、

めでたく生まれて初めて座禅なるものができる、

というわけだ。

坐禅を組んだら少しはマシな人間になれるかなって・・。

でも、仏教からみると、「自分」自体が「錯覚」なのだそうだ。

もうわからなくなってきた・・。

人は、「自分」という「我」をつくって、

そこを基点としてまわりを構築していかないと不安だし、

どうやって周りと関係性をつくっていけばいいかが、

わからないし・・。

人はどんどん自分の「我」を基点に周囲を固い殻で

防護していこう、としているのだそう・・。

うん、それはわかる。

お金にしても、地位にしても、家族にしても

自分を防護する「殻」のひとつだ。

でも、それはそのような環境条件のなかに

いるからなのだそうである・・。

従って、まわりの環境条件が変われば、

そんな「我」にとらわれなくてもいい世界が

存在するのだと言う。

そんな「世界」が座禅によってもたらされると

いうのである。

自分の周りに安全圏を築くことによって、

自分以外の周囲の環境がどんどん変わっていっても、

自分だけは「不変だ」と思いこもうとしているのが「我」

なのだそうである。

周りの環境がどんなに変わろうとも

自分だけは変わらない・・。

ところが、自分という「我」は、いつかやがて

死んでなくなってしまうものだから、

この自分のまわりを色々な殻で防護していく

「我」プロジェクトというのは、必ず失敗する運命に

あるのだという。

したがって仏教的に言えば、

人は「我」では生きていけないという。

なんと、言葉自体も「我」を構築していくために

つくられた道具なのだという。

う~ん・・・難しい。

したがって、座禅とは何かを説明しようと思うと、

この道具である「言葉」を使わざるを得ないから

話が難しくなるのだそうだ。

う~ん・・・ひとまず休憩、だいぶ頭が発熱してしまった・・。

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2010年3月23日 (火)

リスクを取らなくなった世代

大前研一氏が語るには、

今日の若い世代は「リスクを取る」という発想が、

日本人の染色体から消えてしまったようだと言う。

仕事を通じてスキルを身に付け、

少しずつ出世の階段を上っていく、

という考え方はもはや大半の若い世代は

持ち合わせていないと語る。

リスクを取るチャレンジ精神も上昇志向もなく、

簡単なマニュアル仕事だけを追い求める傾向に

陥っていると言う。

上昇志向も感じられないとは、現状に満足しているのか、

諦めているのか。

この通りだとしたら、将来の日本は色々な面で、

中国やインドに追い抜かれ、さらには、

ベトナムやフィリピンも脅かされそうだ。

なぜなら、これらの国々の若者は、

皆、ハングリーだからだ。

かつて日本もハングリーだった時代があった。

約半世紀前の40年~50年前にさかのぼる。

そう、日本で高度成長時代と言われた頃だ。

そう言えば、田中角栄さんが、

日本列島改造論というのをぶち上げたのが

入り口だったような気がする。

今や昔ではあるが、日本も米国に次いで

世界で2番目の生活水準を実現し、

「達成感」が影響しているのか・・・

加えて今世紀は少子化と人口減少の波が

押し寄せてくると言うし・・・

日本の将来などあまり気にしていなかったが、

少し心配になってきた。

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長寿スイッチをオンにする

人間の身体には「長寿スイッチ」なるものが、

存在しているのだという。

昨年、米国の大学が研究発表したそうだ。

最初その記事を読んだとき、

「ええ、うそだあ・・」と思った。

「長寿スイッチ」をオンにする方法とは、

1日の摂取カロリーを、

「 約1,000kcal 」に維持することだと言う。

ふつうの大人が1日に摂取するカロリーは、

約1,400kcal~2,000kcal だと言う。

「カツ丼」が約900kcal、

「メンチカツ定食」が約1,000kcal だ。

ということは、まる1日で「カツ丼」か「メンチカツ定食」しか

食べられないということになる。

では、何故1日1,000kcal を維持すると

「長寿スイッチ」がオンになるのか?

というと、その理由は、

人間は本来生物であるから、軽い飢餓状態、

たらふく食べられない状態だと身体が判断すると、

「免疫作用」が急に今までよりも強くなるのだそうだ。

そう言えば、うちの犬も具合の悪い時は

エサを食べなかった。

身体を飢餓状態にして免疫力を高めていたのか・・・?

う~ん、家のイヌがそんな高度なことを

知っているわけが無い・・。

どちらにしても自分には難しいと判断した・・・残念。

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2010年3月20日 (土)

骨も毎日生まれ変わっている

私たちの骨格を作っている「骨」。

硬いだけに一度作られれば、

そのままで変化しないのかと思いましたが、

なんと毎日絶えず新陳代謝を繰り返しているそうです!

丈夫で、且つしなやかな骨であることを保つために、

他の部分の細胞と同様に、

古い骨を新しい骨につくり変えているのです。

古い骨を壊す細胞を「破骨細胞」と呼び、

新しい骨をつくる細胞を「骨芽細胞」と呼ぶのだそうです。

骨まで毎日生まれ変わっているとは・・。

人間の体というのは本当にすごいモノだと思います。

こんな超精密な身体を持つ私たちは、

ただ存在するだけで奇跡かもしれません。

でも、悲しいことに、

人は、ただ存在するだけでは

満足できないみたいです。

目標設定、目標クリア、コミット設定、達成、自己実現・・・

だから何かひとつ「できたら」、

バンバンザイなのではないでしょうか。

そう考えると気が楽になります。

僕も、何かひとつやり遂げてみたい・・・

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2010年3月19日 (金)

メルマガ発信開始です!

本日、3月19日(金)より無料メールマガジンを

発信開始しました。

タイトルはというと、

「幸せを呼ぶ魔法のほめ言葉」です。

ちょっと女の子っぽいですね。

タイトルについては、じつは色々と考え悩みました。

最初は「幸せを呼ぶ肯定コトバ」でした。

しかし、あらためて読んでみると、

意味がわからない。(のではないだろうか?)

「肯定」とはコーチングの基本中の基本の思想です。

私は「肯定」が今、もっとも必要だと感じているわけです。

それで「肯定コトバ(ほめ言葉)」を紹介していこうと

メルマガを発行したのです。

でもこれでは「肯定」を説明しなければならない。

多少、脚色して「魔法の」を入れました。

この辺は女性をメインターゲットにしようと

考えたからです。

こんな抽象的な単語「魔法の」を入れたほうが

受けるのではないか、と単純に思ったのです。

それで「幸せを呼ぶ魔法の肯定コトバ」で

一度登録しました。

ところが、翌日の朝、やはり「肯定」ではわからないだろう・・。

と思い直し、急遽、「まぐまぐ!」にメールをして

なんとかタイトルだけは「ほめ言葉」に変更しました。

ところが、内容についての説明文は修正不可でした。

したがって、タイトルは「ほめ言葉」になり、

内容説明の文章では「肯定コトバ」となってしまいました。

う~ん・・・やはり、いじらないほうがよかったか・・・

最初から、こんな失敗だらけのスタートです・・・。

この先、いったいどうなることやら・・・

ここからはお願いですが・・・

もしよろしければ、「読者」になって頂ければ

すごくうれしいです!

なんせ、今現在は「読者ゼロ人」ですから・・・

これがその無料メールマガジンです。

( 幸せを呼ぶ魔法のほめ言葉 )

http://www.mag2.com/m/0001112765.html

感想もいただければ嬉しいです。

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2010年3月18日 (木)

知名度がなければ

コーチとしてこれまでやってきて、

ひとまず、感じたことやノウハウを「本」にしたい、

と思い、3年前から原稿作成に取り掛かりました。

昨年、やっと原稿ができたことから、

残間里江子さんのキャンディット・コミュニケーションに

読んで頂きアドバイスをもらいました。

そして今回、ネットで見つけた出版企画会社にも

アドバイスを戴きました。

まだ2社しかみてもらってはいませんが、

奇しくも2社から言われているのは、

本を出版するに当たっては、

まず第一に著者の「知名度」が極めて重要、

であるとのことです。

なるほどなと思います。

確かにうなずけます。

でもそうだとすれば、私のような無名の素人は

永久に本など手がけられないということです。

有名人、著名人であれば誰でも知っているわけで、

あの有名人が書いた本なら読んでみよう、

ということで売れるわけです。

失敗が少ないわけです。

まあ、出版社にとってみれば、

印刷してみても売れなければ、

骨折り損のくたびれもうけ、

になるのですから致し方ないでしょう。

「利益追求」が第一ですから・・

初めて自分の「本」を出そうという人間にとっては、

これは大きなハードルになります。

今、自分自身が感じているところです。

一体この先、自分は「本」を出せるのだろうか・・・

トンネルの向こうが見えなくなってきました。

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過去と他人は変えられない・・

自分は、普段はコーチなのでクライアント様と

お話(パーソナル・コーチング)をします。

その中で当然出てくるのが、

人間関係の悩みです。

守秘義務から内容については触れませんが、

たいていのクライアントさんは、こう考えています。

変わらなければならないのは相手、、

わたしではない。

こういうケースの場合に良く出すのが、

コーチの間の「格言」です。

「過去と他人は変えられない」

これは本来、コーチとして人様を、

コーチングさせて頂いていても

結局、ご本人が変わろうとしなければ、

コーチには変えられない、

という、言わば、

「健全な絶望感」みたいなものです。

それと同じようなことが日常でいくらでもあるわけです。

ですから、そのように感じた際には、

遠慮なく申し上げています。

「過去と他人は変えられませんよ」

ご自身が変わるという方向で一緒に、

考えてみませんか。

そんな時、ふと気づくことがあります。

「アイツが悪い」

自分も考えていることを・・・

常に頭の隅に置くようにしています。

「過去と他人は変えられない。

変えられるのは、自分と未来だけ。」

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色々な価値観

世の中には様々な「価値観」があると言われています。

本当にそうでしょうか?

現代に生きる私たちは、「経済効率」という価値観しか、

持っていないのではないかと思うときがあります。

もちろん、経済活動は重要です。

社会生活の維持には欠かせないものです。

でも、今日、あまりにも「利益」、「儲け」に傾斜しすぎているのではないでしょうか。

あの「リーマンブラザーズ」の首脳陣、

1回のボーナスが40億円だの50億円だのということでした。

あまりにも現実離れしてしまっていると感じます。

米国では再びこんな額復活してくる兆しがあるようです。

資本主義を選択している以上、

行き過ぎてしまうことは既定路線なのですね。

わたしたち日本人は、不景気だと言っても、

先進国であり、米国に次ぐ生活水準を送っている国でもあります。

これからは、金銭ではない別の価値観を・・

もう少し別の方向向いたら・・・。

ものの本によれば、

21世紀は日本は国家として人口減少に突入しているそうです。

国連の人口問題研究所のシミュレーションによれば、

21世紀末の2099年には、

現在の1億2千万人よりも約5千万人近くも減ってしまうだろうという予測です。

本当になるかどうかはわかりませんが、すごい数字です!

生きていないので様子はわかりません。

国家として世界で最初に人口減少に陥ったのはイギリスだったそうです。

今から約30年前だそうです。

その頃、日本はバブルの階段を一段ずつ登っているときであり、

当然、GDPが悪化したイギリスに対して、

日本人は「イギリス病だ!」と言って、

怠け者のように言っていたのを思い出します。

しかし、さすがイギリス人、産業革命を起こした人種です。

イギリスはこの人口減少を契機として、

経済から文化芸術分野へと大きく舵を切ったと言われています。

そういえば、スローライフとかスローフーズというのは、

イギリスが最初だったと思いますが・・。

では日本もイギリスに習って文化芸術分野へ関心を持つべきなのか。

それは人それぞれだと思います。

「お前はどうなんだ!」

ということであれば、

やっと最近、NHKの「日曜美術館」を通しで見られるようになりました・・・

頑張っても・・・この程度か・・・

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2010年3月15日 (月)

自分の「圏外」とは

先日、なるほどと思った新聞広告があった。

プロデューサーの「残間 里江子さん」が

提案しているクラブ・ウィルビーの広告だった。

その新聞広告の「コピー」というのは、

「自分の圏外に出ないと、新しい人と出会えない。」

というものです。

う~ん・・・確かにそうだなあ。

長く生きていると、今日が昨日の繰り返しと

なってしまい、

歩く道も同じ道、同じ右端・・・

になりがちです。

「圏外」といっても、いろいろな「圏外」があります。

物理的な「圏外」、精神的な「圏外」、付き合いという「圏外」、

なかなか自分の「圏外」に出なくなってしまう。

そして、だんだん平凡な人になっていってしまう・・。

住む世界が狭くなり、関わる世界が狭くなる。

昔はこんなんじゃなかったのに・・。

若さの秘訣は「圏外」を作らない、

でもそれはシンドイです。

せめて「好奇心」だけは失わないでいたい。

億劫でも、めんどくさいと感じても好奇心を

維持しつつ、無理やりにでもたまには「圏外」に

出て行く。

このことは、精神年齢を維持していくうえでも、

やはり必要だと感じる今日この頃です。

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未完了感

コーチングには、未完了感という聞きなれない言葉があります。

やらなくてはいけないのに、まだやっていない・・・・。

しようしようと思っているのに、まだ手をつけていない・・・。

ふと思い出した時に感じる「ああ・・・まだやってなかったあ・・・」

という身体から力が抜けていくような気分を「未完了感」と言います。

ただ単に、まだやっていないこと・・、そのうちやればいいこと・・

のように簡単に思ってしまいがちですが、

じつはこの未完了感というのは、くせもので、

1つ、2つならいいのですが、

4つも、5つもと溜まってくると、人のエネルギーを

吸われてしまうという手強いものなのです。

長期間、この未完了感にさいなまれると、

自己効力感の反対である自己無力感に

捉われてしまいます。

当然、気分も暗く沈みがちになります。

わたしたちは、いつもいつもやること、やりたいことが

いっぱいあり過ぎるものです。

いっぱいあり過ぎると、実行しないまま放置されていることも

出てきます。

未完了感を感じないようにしていくには、放置しっぱなしに

なっている事柄を、ひとつひとつ片付けていくしかありません。

とは言っても、職場であっても、家庭にあっても、

解決しなくてはならないことであっても、

すぐにできないことは多いものです。

そんな場合には、ある程度の未完了感を抱くことがあっても

平静でいられるようなメンタリティを養っておくことが

必要ではないかと思います。

生活をしていれば、ある意味、未完了感だらけですから・・・

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2010年3月 5日 (金)

カウンセリングの基本とは

久しぶりに机の整理をしていたところ、

以前の研修資料が出てきました。

カウンセリングの先生の講演を聞いた時のものです。

それによるとカウンセリングの基本というのは、

受ける相手を変えようとするのではなく、

相手を分かろうとしなさいというものだそうです。

その為には相手の話を途中で口を挟まずに、

最後まで全部聴いてあげることだそうです。

(これはコーチングといっしょです)

ひとは自分の話を誰かがバカにしないで、

聴いてくれることで孤独から開放されるからです。

ひとが会社を去るときの理由も、

ひとが離婚してしまうときの理由も、

孤独感がその裏にあるそうです。

職場で部下が言うことをきかない、

気持ちが理解できない、

と言うひとの場合、

多くは部下の話を聴くどころか、

少し話し始めると自分の意見をしゃべり始め、

相手を変えよう、説得しよう、

とするひとなのだそうです。

う~ん・・・確かに・・・

たまには机を整理したほうがいいと、

思いました・・・。

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ダイエットを成功させるには

テレビを見ていたら、

あるタレントさんがダイエットをしようと決めて、

3日間は辛抱できたのだが、

4日目にとうとう我慢できなくなって、

お菓子をつまんでしまった。

一度、手を出してしまったら、

「ひと袋」全部を平らげてしまった。

これでダイエットは、もう失敗したと思って、

次々に食べたいものを食べてしまい、

数日経ってから計ったら、

逆に増えていた・・・。

やはり食欲をコントロールするというのは、

いかに難しいかということだと思います。

一般に、7,000kcalが脂肪1kgに相当するそうです。

ですから、例えば1ヶ月間で7,000kcalを減らせば、

結果として1kg体重が減るわけです。

その為には途中で誘惑に負けて

食べてしまったとしても、

1ヶ月間全体のなかで7,000kcalを

減らせば良いという考え方でいいわけです。

つまり、一気に減らそうとするのではなく、

全体として毎日の「食事制限」が達成できれば、

結果的に体重は減っていくということです。

一番良くないのは、途中で一度手を出して

しまったからと言って、

「毒を食わば、皿まで」と、

やけくそになってしまうことだと言えると思います。

このことは、私たちの日頃の生活態度にも

応用できるような気がします。

何か達成したいことがあった場合に、

どうやって達成するかではなくて、

途中で失敗した時に、

いかにして立ち直るか、

ではないかだと思います。

目標途中での多少の失敗は、

気にしないで方向性さえ守られていれば、

小事にはこだわらない、

というのでいいのではないかなと感じました。

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2010年3月 4日 (木)

セルフイメージ

スピリチュアル・ブームが続いていたとき、

よく人の持つ「オーラ」ということばが、

交わされたことがありました。

「オーラ」とは、その人が持っている雰囲気、

醸し出している雰囲気を指します。

人が「オーラ」を発する場合、

その人の気持ちの持ち方が「オーラ」の

出具合に影響してくるのだろうと思います。

したがって、意気消沈しているときには、

オーラーも薄いでしょう。

逆に自信があって常に自己肯定ができている時には、

オーラも広がっているのでしょう。

結局、自分が自分をどのように見ているのか、

にオーラは影響されてくるのだと思います。

自分が自分をどのように見ているのか、

というのは「セルフイメージ」です。

ということは、わたしたちが日々、活き活きと

過ごしていくためには、

このセルフイメージを、いかに大きくしていられるか、

ということにかかっているのだと思います。

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別の価値観を持つ

わたしたちは今、資本主義社会というなかで、

経済至上主義というものに、いつしか捉われ忙殺されて、

「利益第一」が全ての判断基準の価値観になってしまって

いるように感じます。

もちろん「利益」が無くてはなにも始まりません。

企業や組織は存在できません。

しかしながら、過度に経済活動のみに重心が移ってしまい、

自縄自縛してしまって、他の「価値観」を認められなくなって

しまっているように思います。

結果、経済活動がうまく回っていない、利益が出ない、

という理由で、毎日の生活で意気消沈してしまいがちです。

12年連続で自殺者が3万人を超えるという状況に至ったりしています。

おそらく、このような現象はまったく別の価値観を持っているものから

見ると滑稽なのではないでしょうか。

例えば、「芸術」の世界に浸る、また浸ることができるというのは、

まったく別の価値観を持つことにつながるのだと思います。

精神面のバランスを保つという意味でも、別の価値観を持っている

ということは大切だと感じます。

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2010年3月 2日 (火)

椎名 誠さんの企画ツアーに行ってきました

2010年2月27日~3月1日まで、縁あって作家の

椎名 誠さんの企画した「お祭り見物ツアー」(勝山左義長祭り)に

参加させて頂きました。

「勝山左義長祭り」は、椎名 誠さんが日本全国のお祭りを取材して

いるなかでみつけた奇祭のひとつです。

30年前に「わしらは怪しい探検隊」を読んで、こんな人生も

あるんだなあとショックを覚えたものでした。

以来、自分的にはどこかに、こんな人生を送りたいという思いが

湧き上がり、勝手に人生の師と椎名誠さんを仰いできました。

30年後に本物の椎名誠さんも一緒に見に行くお祭りツアーに

参加するとは夢にも考えませんでした。

世の中、不思議なものです。その椎名誠さんは、あの体力体型を

維持するために若い頃から現在まで、なんと毎日腕立て伏せ200回、

腹筋200回を続けているそうです。

そのためか、還暦を過ぎた体型とはとても思えませんでした。

顔は日に焼けて真っ黒で、風貌はあたかも冒険家のようでした。

椎名誠さんにお会いできたことでいろいろと感じるものがあったことが

今回のツアーの収穫でした。

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