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2010年1月

2010年1月28日 (木)

バレンタインチョコとサブリーン

新聞を見ていたら、イラクのバスラに住んでいたサブリーンと

いう女の子の話が出ていた。

サブリーンは、11歳で、目の癌によって右目を無くした。

手を尽くしたが、やがて左目も摘出し失明した。

サブリーンが目の癌になった原因は、湾岸戦争でアメリカ軍が

使用した大量の劣化ウラン弾だった。

サブリーンは、両目を無くすまで入院していた病院にある

院内学級で絵を描くのが好きだった。

そのうちサブリーンの容態は悪くなり、ご飯も食べられなく

なっていった。

サブリーンがこん睡状態に入る前に、病院で自分のことを

良くしてくれた医師に今にも消え入りそうな声で話した。

「私は死にます。でも幸せでした。自分の書いた絵

チョコレートに使ってもらい嬉しかった・・」

15歳の少女の最後の言葉だった。

JIM-NETという団体が、このサブリーンが描いた絵を

バレンタインチョコの缶の絵に使ったのだ。

このバレンタインチョコ缶は、売り上げた利益はすべて

イラクの子どもたちの薬代に使われるのだと知って

思わず買ってしまった。

自分がこんな形で募金をするのは生まれて初めてだ。

失明したサブリーンの写真を見ていたら衝動に駆られた。

失明しているにもかかわらず無邪気に笑みをたたえている

少女が写っていた。

なぜ、サブリーンのようなことが起きてしまうのだろうか。

サブリーンが生まれてくるに当たって、彼女自身には

アメリカとイラクの戦争なんてなにも関係なかったはずだ。

なにも関係ない罪の無い子どもが癌を抱えて生まれてくる。

自分にできることはバレンタインチョコ缶を買うことしか

できないと思った。

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悔いの無い人生って?

「悔いの無い人生」とは一体どんなイメージでしょう?

それこそ議論百出で人によっていろんな考え方があるでしょう。

「会社をつくる」、「大金持ちになる」、「100歳まで生きる」・・・

いろいろと浮かんできますが、最近になってからの私の考えとしては、

会社員であれば、「定年後から平均寿命までの約20余年間が

充実していること」と思えるようになってきました。

例えば日経ビジネスなどに出てこられる著名経営者は、与えられた仕事を

一生懸命にすることで可能性を切り開いていくことであると言われることが

あります。

確かに正解でしょう。自分自身の未来を自分の努力によって可能性を

切り開いていく、素晴らしいことだと思います。ビジネスマンとしては

これ以上のことは無いと思います。

しかし、すべてのサラリーマンがこの通りできるというものでは

無いでしょう。むしろ可能になるのは、ほんの一握りの人間だけで

あるというほうが現実に近いと思います。

一部の極めて有能なサラリーマンとは異なるごく一般的な人は、

いつか必ず定年というものがやってくるものです。


会社でいくらやりたいことを存分にできる立場にいたとしても

いつか定年で中断されるときがやってきます。

それは「プロジェクトX」の主人公であっても同じでしょう。

したがって一般のサラリーマンは、キャリア中断後、つまり定年後の

在り方の準備をすることが不可欠ではないでしょうか。


特に今日のような低成長時代で閉塞感が充満している世の中では、

より大切になってきていると思います。

つまり、「プロジェクトX」の人であっても、その後の20年間が

充実していると自分で考えられなければ、悔いが残るのだろう

と思います。

その観点からいうと、団塊の世代の方々は、それぞれ自分の

定年後のあり方や場を見つけられておられる方々が大変多い

ように見受けられます。

いわゆる定年後の生き方も日本においては、これら団塊の世代

が分水嶺になっているように思います。






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2010年1月17日 (日)

「肯定」で人は生き返る

今日のような閉塞感に捉われているような生活の中では、

人からの一言の「肯定」ほど心に感じることはありません。

ほんの少し、相手のなかで肯定するところが見つけられたら

肯定してあげることが、今の時代、特に必要になってきて

いるのではないかと日に日に感じています。

とかく相手を減点主義でみてしまいがちです。

それを加点主義でみることで肯定できるところが見つかります。

悩んでいるときの一言の肯定言葉というのは、心に染み入るように

入ってきます。そして、その後もずっと覚えているものです。

あなたのたった一言の肯定が、目の前の相手を救うかもしれません。

幸せ感を感じてもらうことができるかもしれません。

つまり相手は肯定されることによって「自己肯定」ができるということです。

「自己重要感」を感じることができるということです。

相手に感じてもらえることは、すばらしいことだと思います。

ほんの一言であっても、気持ちがこもっていれば相手は

感じ取るものです。

自分が相手を肯定して、その相手が「自己肯定感」を感じる。

そしてそれはいつか自分に返ってくるものです。

また時が来れば、人から自分自身が肯定されるのです。

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2010年1月16日 (土)

「開き直り」は自己肯定のひとつの形

今の時代こそ、「自己肯定」が必要になっている時代ではないでしょうか?

仕事においても生活においても「閉塞感」がぬぐいされません。

こんな混沌とした中で私たちは生きていかざるを得ないのが今の時代

なのではないでしょうか?

一歩踏み外せば、誰でも「うつ状態」に陥る可能性があるでしょう。

では、すべてがうまくいっていないと「自己肯定」することはできないのか?

自分自身に「自信」が無いと「自己肯定」することはできないのか?

そうではないと思います。

例えば、やることは全てやって後はどうとでもなれ!と

「開き直る」ことは、ひとつの「自己肯定」であると言えるでしょう。

「できることは全部やった!」

「全力は尽くした!」

「もうこれ以上一体何ができるというのか」

「ダメならダメでしょうがない」

「後は結果を甘んじて受けるしかない」

「自己肯定」できるということは、「過去」を肯定できることでは

ないでしょう。

「現在」の自分自身が「肯定」できれば、すなわち「自己肯定」

ができているということであるわけです。

つまり「自己肯定」できるということは、現時点の自分の

生きざまを肯定できるということであるわけです。

その意味で「開き直り」は「自己肯定」であるわけです。

なぜなら現時点において、自分でできることはすべてやり尽くして

いるからです。

つまり「全力を尽くす」という生きざまをしているからです。

では何に対して「全力を尽くす」のか?

それは人それぞれでいいわけです。

ある人には仕事であるかもしれません。

ある人には子どもであるかもしれません。

ある人には趣味であるかもしれません。

大切なのは、自分がこれだけは何とかしたい、頑張りたい、

と思っていることに対して「全力を尽くす」ことができれば

いいのです。

これを読んでいただいている方は、きっと「なんとかしたい何か」

を見つけていて、あるいは見つけたいと願って、「自己肯定」

することができる生き方をされているのではないでしょうか。

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リーダーに「怒気」は無いほうがいい

リーダーシップはいろいろと言われて実に多種多様です。

でも、これだけは言えるだろうというものはあります。

特に人とのコミュニケーションという視点から見た場合には、

自分から醸し出す「怒気」は出さないということだと思います。

職場でも家庭でも怒りの波動があるとでは新しい発想が出ません。

職場で「怒り」の雰囲気が立ちのぼっていれば、部下は心が何とはなしに

「萎縮」してしまいます。

自分の意見などは言うのをよそうと思うことでしょう。

職場には全体的な空気というものがあるものです。

その空気が、のびのびした空気で誰もが多少ハイな気分で過ごせると

いうことが新しい考えも浮かぶし、生産性も良くなります。

では、こんな職場の空気をもたらすには、どのようなリーダーシップが

求められるのでしょうか?

大切なことは、あまり管理しようという気をださないことだといえます。

やって欲しいことの「方向性」は告げるが、あとは任せることを基本とする、

ということではないかと考えます。

通常、このやり方をすれば社員の能力は十分に引き出すことができます。

あとはその時々で、進捗状況を確認していけば良いのです。

不足していればその時点で介入すれば良いのです。

叱咤してしまえば、部下は萎縮してしまいます。

そして萎縮した部下が気持ちを取り直していくまでに、しばし時間が

かかります。

その間は、新しい発想などは浮かびようがありません。

やってはいても効率も良くありません。

どんな時でも叱咤せず、「怒気」も感じさせず、終始、円満な雰囲気の

中で取り組むということが結局、一番だと言えます。

リーダーとして、常にそのような雰囲気を持ち、常に裏表のない人格を持っていれば

それだけで他人を魅了するものです。

このような魅力をリーダーとなる人が身に付けた時に部下は

自らの能力を120%出し切れるのではないでしょうか?




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2010年1月 3日 (日)

心のドアは内側しか付いていない

「人の心のドアの取っ手は内側にしか付いていない」と

言われています。

ドアの外側から、いくら開けようと思っても取っ手は

付いていないので開けることができないのです。

わたしたちがコミュニケーションする相手のドアの

取っ手も内側に付いています。

したがって、あなたがドアを開けてほしいと思ったら、

相手に開けてもらわなくてはなりません。

そのためには、最初にあなたの心のドアをあなた自身で

開けることが必要なのです。

まず自分が心のドアを開け放つこと、

自分の気持ちを正直にオープンした時にだけ相手は

あなたを信用して内側からドアを開けてくれるのです。

これは職場における上司と部下の場合でもまったく同じです。

今も毎日、大きなストレスと共に部下と格闘している上司が

数多くいます。

部下の気持ちを知りたいと思ったら、まず上司から

本当の気持ちをオープンにすることです。

ところが上司には、部下に対しては弱みを見せたくはない、

と言います。甘く見られるから・・。

上司は部下から見て弱みや欠点の無い人間として

見せねばならない、というような考え方を持っている人が

多いのです。

同じ人間であり、五十歩百歩でしかありません。

一昔前の指示命令型リーダーシップで、うまく回っていた

ような時代は、これでも問題はなかったのです。

上司が自分の気持ちは閉ざしたままで、

部下を権力を行使して動かしていた時代だったのです。

しかし時代は変わりました。

一昔前のリーダーシップでは若い社員はついてきません。

今日では部下と同じ目線のコミュニケーションしか

通じないのです。

自分の気持ちを先にさらけ出すことは勇気がいるものです。

誰でも避けられるならば避けたいものです。

しかし上司が勇気を持って自分からさらけ出した時に、

部下は初めてその「思い」がわかるのです。

「おまえの力を借りないと俺一人では何もできないんだ。

協力してくれないか」、上司の本音は部下の共感を呼びます。

互いの疑心暗鬼から解放され、気持ちよく、わ.かり合いながら

協力して仕事を進めていくには、まず上司が本音をさらけ出す

勇気が必要なのです。

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ただ聴いて欲しい

人の話を「聞く」ということは簡単なことのように思えますが、

実はなかなか難しいものでもあります。

よく人に話を聴いてもらいたいと思って、話し始めると

かえって「こんなんじゃ話さないほうが良かった」と

思うことがしばしばあるものです。

人は話をする場合、相手から別にアドバイスをもらいたいわけ

じゃあないという時が多々あるものです。

わたしたちは人に自分のその時の「思い」を「ただ話す」ことで、

気持の整理ができ、充足するという心理があります。

相手に聴いてもらって受け入れられたと感じると、それまで

同じところをぐるぐると回っていた自分の考えを整理することが

できるのです。

そして次へと進むことができるのです。

ですから、相手から話しかけられた時は、まずは100%理解

しようとして聴いてあげることが大切であるわけです。

聴いてもらっただけで相手は満足することができることもあるのです。

でもこんなときは、むしろ「聴く」側のほうに努力が求められます。

これができるようになれば、あなたのコミュニケーションスキルは

一段階レベルがあがったことになります。

ただ聴いてあげるだけでも、「あなたは人の役に立っている」

ということですね。

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2010年1月 2日 (土)

立花 隆の「がんの謎に挑む」3時間版

昨年末に3日間連続で、立花 隆氏の「がんの謎に挑むNHKスペシャル」の

拡大版が放映されたので迷わず拝聴いたしました。

この3日間の拡大版は前回の50分スペシャル版では、放送できなかった

内容を3日かけて伝えるというものでした。

3日目は、立花氏が末期がんの患者を訪ねる場面がありました。

なかでも印象に残ったのは、70代くらいの女性でした。

「○○さんは、(取り乱しもせずに)すごく態度が立派ですが、

どんな心持ちなのですか?」

と担当医師からの問いかけに対して、

「それは家族がいるからです。家族と周囲の人たちに感謝でいっぱいです」

さらに、

「私は学歴もないし、教養もない女ですけど、感謝することはできます」

と語っていた場面だった。

立花氏は、この女性は既に自分自身が「命の連環」のなかのひとつの

命だったことを悟っていたのだろう、とコメントをしていました。

悟ることができたのは、彼女の家族や病院の医師や看護師さんなど周囲の

人たちが、自分を精一杯なぐさめ、よくしてくれるなかで、自分の命はここで

終わるけれども、周りを見れば自分の「命」は確実に将来へと繋がっている、

ということを認識できた、ということではないだろうか。

死の直前でこのような気持に成れるということは、なんとすごいことだろう・・

もう一人の患者は、70代くらいの男性であった。

やはり医師との会話のなかで男性が自分から口にした言葉に

興味を魅かれた。 

それは医師が

「○○さんは田んぼが好きなんやねえ」

と投げかけた言葉に対して本人が、

「先生、知っとるかあ・・・れんげ畑のなかでど~んと横たわるんや・・、

服が汚れるのも気にせんと・・」

患者本人が、医師の「田んぼ」という言葉から連想して、かつて元気で

農業をしていた頃に、ひと仕事を終えて、れんげ畑のなかに寝転がった時を

瞬時に思い出したのだと思った。

もう寿命が終わりになりかかっている直前に、人はああいう光景と気持ちの良さを

思い出すのか!と打たれてしまった。

おそらく本人にとっては、とっても幸せな時間だったに違いない。

自分はそのように思い出すような光景と経験があるだろうか。

番組のなかで各国のがん研究者が語っていた。

「がんは6億年前からすでにあった。恐竜もがんで死んでいた」

「がんの転移のシステムは、人の発生のシステムをそのまま利用している」

「正常細胞が、がん細胞をかくまってしまう」

「がん幹細胞は、極めて正常細胞の幹細胞と似ている」

「がんのゲノム解読には、人ゲノムを解読に要した時間の2万5千倍もかかる」

「がん克服には、今後100年くらいはかかるだろう」

「転移がんになったとしたら、QOL(生活の質)を下げないために

 治療薬は飲まない選択肢もある」

「人間がプラナリアのような再生能力を持たないのは、がんが発生

 する確率を少なくするために進化の途中で再生能力を

 捨てたのではないか」

「人間は60兆個もの細胞から成り立っており、2日~60日くらいで

 60兆個の細胞がすべて新しく生まれ変わっている。したがって

 1個くらいがコピーミスでがんになっても全く不思議なことではない」

「転移したがん細胞は、たった1個のがん幹細胞が子供がん細胞を

 増殖させることで起こっている」

「がん細胞のほとんどは血流にのっている中で死んでしまうが、

 100万個から10億個に1個の幹細胞が生き残ると、

 それが転移場所で新たながんを作り出す」

「人間の未知なるものを解明したいという願望が、いつの日か、

 がんの全容を明らかにしていくだろう」

これが番組最後の立花氏のコメントの終わりでした。

今回の番組で放映された内容は、おそらく現時点で最新最先端のがんに

関する情報ではなかったかと思いました。

非常に重たいにも拘わらず、考えさせられる番組でした。

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